真実がどこにあるのか確かめようのない話

子供の頃、我が家では所謂「お教室」というものをしていた。そのため週に二日、夕方からの数時間は玄関が開けっ放しだった。

その日、最後の生徒さんが帰った後玄関を閉めるように言われた私はたしか10歳くらいだったと思う。玄関に出たと同時に子供を抱いた女の人がいきなり入り込んできた。

「すみません、すみません、助けてください」

って言いながら。子供が一緒だったし(私も子供なんだけど)、なんだか若くて綺麗なお母さんだったので警戒しながらもそのまま押し入られてしまった。

そしたら急にすごい剣幕で

「玄関閉めてぇー!男に追われてるんです!早く!」

と金切り声を上げられた。まるで脅されたみたいな気持ちになりながら慌ててドアに手を掛けたら、足音と人の影が見えて一気に動悸が激しくなった。ギリギリでドアを閉め鍵をかけた。それでもドアを開けられたらどうしようって思って気が気じゃなかった。

母が心配そうに出てきて子供を連れたその人を見て、割と冷静に

「とりあえず座って話聞くわね」

って言って二人分のオレンジジュースとお菓子を出したのを覚えてる。

話を要約すると、離婚した前の旦那が子供を私から奪おうとする、というのが女性の言い分だった。何回も家に押しかけてきて、その度に逃げている、と。

母がずっと話を聞いてたんだけど、結局とりあえず誰かに迎えにきてもらった方がいいから近くに家族はいないのかって話になったらなぜかその女の人は私に

「今から言う電話番号に電話して」

と言った。なぜ私なのか。でも私はずっと緊張状態で言われるがままに電話した。お姉さんの番号らしくて、同じマンションに住んでるとのこと。もうなんて言ったのかは覚えてないけど、「男の人に追われてうちに逃げてきてます、迎えに来て欲しいって言ってます」みたいなことを言ったんだと思う。そしたらその人、すごくめんどくさそうに

「それ嘘なんで。もう放り出してください。本当にすみません。そうやっていつも迷惑かけてるんです」

って。こんなに冷ややかな声って出せるんだって放心してしまうほど。途中で母と代わったんだけど私はなんだか怖くなってしまった。

慌てて駆け込んで来たこの女の人が嘘をついてるの?誰にも追われてないのにあんなに必死に上がり込んで来たの?お姉さんはなんであんなに冷たいの?自分の妹なのに心配じゃないの?さっきの影と足音は誰?

わけがわからなくなって混乱してる中結局警察が来ていろいろ話を両親としてるのを聞いてる感じだと彼女には別れた旦那が子供を奪いにくる幻覚が見えていると。それでしょっちゅう誰かのところに助けを求めに行っては最終的にお姉さんに電話するのでお姉さんは愛想を尽かしてるらしい。そして警察ももちろん今回が初めてではないと。

少し普通じゃありえないことが起こる人がいることは知ってたしそれを信じてなかったわけじゃないけど、どう考えたって普通じゃないことが起きているのに子供と会話してるその雰囲気は何の違和感もなくただの親子そのもので、子供自身も全くもって普通に過ごしていることにわけがわからなくなった。

幻覚が見えるほどなんだったらいっそ、もっとわかりやすくどこかおかしくしておいて欲しいと思ったほど。

 

あの親子は今どうしてるんだろう。

あの子供は今どんな大人になってるんだろう。

それをふと思い出した日だった。

何が本当で何が嘘なのか。

でもきっと、嘘はどこにもないんだろう。