殺し文句を持つ男

坂田くん(仮名)の話をしよう。
坂田くんとは、私が専門学生時代に出会った男性である。
初めての出会いはきっとステージングの授業。好きな曲をアカペラで歌いながらいかに魅せるか、というもので、楽器が演奏できる人は用意されたものを使ってもよかった。流行りのJ-POPを歌う子が9割を占める中、坂田くんは違った。おもむろにギターを抱えオリジナルのラブソングを弾き語り始めたのである。歌は上手くなかった。ただ、声が渋かった。その上退廃的な雰囲気を纏っていてなかなかに魅せられた私。そして極めつけはサビ終わりのフレーズ。

 

「今夜、泊まっていけよ」 

 

というもの。

 

さ、さ、坂田くーーーーん!

 

これがね、チャラチャラした子が歌ってたらもう爆笑ですよ。待って、誘われてんけど!(笑)ってね。
でも坂田くんやから。
退廃的な雰囲気を纏った、尾崎豊の再来かと思われた(私の中で)坂田くんやから。

俄然興味を持った私は授業後さっそく話しかけました。
いつから曲作ってるの?多分そんなことを聞いたと思う。雰囲気があってすごくいいね、などという上から目線のコメントもしたと思う。
で、電話番号も交換したの。
18歳の頃の私はひたすらガッツに溢れてたからしょっちゅう電話もかけたし坂田くんから電話がかかってくることもあった。たとえば誰かと待ち合わせしてる間の暇な時間とかね。

 

「そういえば坂田くんって一人暮らしやっけ?どの辺に住んでんの?」
『あー…、一人暮らしのはずやってんけど一人ちゃうねん』

 

私、あー彼女か、と悟る。だって“今夜泊まっていけよの歌”をちょちょいと掠れた声で歌ったら一発やん(わけのわからんサブタイトルごめん坂田くん)。

 

「彼女?」
『ちゃうねん、おっちゃんやねん』

 

雲行きが怪しい。

 

「おっちゃん?親戚の人?」
『ううん、知らん人』

 

いやいやいや、知らん人はおかしいやん。どうしたん坂田くん。

 

『公園で声掛けられて、今一緒に住んでんねんけどー…俺の曲作りにアドバイスとかしてくれて…師匠って呼んでんねん』

 

いやいやいや…なんやったらちょっとはにかんでる雰囲気声から伝わってくるやん。

え?見ず知らずの男に声掛けられて?

一緒に住んでて?

アドバイスしてくれて?

喜んでる感じ?

悦ばされてる感じ?

何事?

 

「あー……なるほど。その人は何してはる人?知らん人と一緒に住むって結構すごいよね」
『師匠はなんもしてへん人やねんけど俺にアドバイスくれるしめっちゃ勉強になんねん。今も師匠を公園で待っててー…』

 

なんもしてへん人?それより何より師匠のことめっちゃ好きやん。
たしかものすごい歳離れてたのよ。30代後半から40代あたりやったかなぁ。当時の私には想像がつかへん相手やったから。


公園で見ず知らずの男に声を掛けられて何かの拍子に意気投合して挙句の果てに一緒に住んで夢のサポートをしてくれるってエキセントリック過ぎない?

さすが坂田くんやわ…。

彼は今どうしているのかふと気になった。