純粋な恋心

彼が突然「最近俺若い子とも交流あるから」みたいなことを急に言い出した。若い子?交流?なんだそりゃ。そういうタイプちゃうやん。と思ってたら「いやホンマやねん、12歳の子」と何やらにやけた顔で言ってくる。そして手にはスマホ。今その12歳と連絡を取っていると言うのか。

「え、待って待って、意味わからん。どういうこと?え?付き合ってんの?」

「まぁそんな感じかな」

 

そんな感じはおかしいやろ。12歳?え?12歳やで?頭おかしいやん。とは思いながらもどんどん怖くなってきて、付き合ってるって何?とか、一般的な男女交際にまつわるあれやこれやをしてるってこと?とかそんなことが頭の中を一気に駆け巡ったら気持ち悪くなってきて、とりあえずきっかけから聞くことにした。

 

「どこで出会ったん」

「この間俺飲み会行ったやん。あの時その子が隣の席に家族で来ててん」

 

なんで家族で来てて12歳の子とあんたが仲深めるんよ。頭おかしいやん。

 

「え、え、デートとかしてんの」

「一回だけパチンコ行ったかなー」

 

12歳の子とのデートがパチンコって頭おかしいやん。クレイジーすぎるやろ。

 

「デート一回だけしかしてへんの?」

「うん、それ以来会ってへん」

 

体の関係はないってことか…と気持ち悪くなりながらもうほっとしたようなできひんような、それでも嫌悪感と苛立ちと不安もすごい。なんせ私は彼とお付き合いをしてるんですからね!

 

LINEのやりとり見せーや、からいく?いや、なんで付き合うことになったん?から?いや、ていうか12歳は頭おかしすぎる。しかも全然悪びれてへんしなんやったらままごとに付き合ったってるみたいな感覚やん!絶対!

 

と思ってたら顔を上げた先にすごく可愛い子がいて、すぐにわかった。あ、この子やって。

彼のことをね、すごく真っ直ぐに見つめてて、恋する目ってこういうことなんやなって思うくらいの12歳なりの熱のこもった視線で、私のことは全然視界に入ってへんのよ。そりゃそうよね、彼女は彼に他にお付き合いしてる人がいるなんて思ってへんやろうし、ただただ偶然街中で彼を見つけて嬉しいっていう目やった。今すぐにでも駆け寄ってきそうなその純粋さに、私、あぁこの子を殺さないとって思った。

 

そう思ったらもう私の体は勝手に動いてて、その子のそばまで寄って腕を引っ張って店の外壁に背中つけて立たせた後、思いっきり拳で三回くらい鼻っ柱狙って殴った。

可哀想。なんも知らんとあの人のこと好きになって。可哀想。ごめんね、私が殺してあげるからね。

その後前髪掴んで壁に何回も頭打ち付けた。その間彼女は大声で叫ぶわけでもなく、ただされるがままで、きっとぐったりし始めた頃には気付いてたんちゃうかな。私がどういう存在かってことに。諦めたみたいに私のことをぼんやり見上げてて、頭からはすごい血が流れてた。でも前髪を掴んで見えたおでこが9割くらいシェーディングされてんのよ。その色どうしたんっていう濃さで。しかも昔のヤマンバかっていうくらいの真っ白のハイライトがTゾーンに塗られてる。

私は自分の手にその子の血のぬるつきを感じながら震えた声で

「あんな、シェーディングはそんな眉毛のすぐ上まで塗るもんちゃうねんで。あとそのハイライトも不自然すぎる」って苦笑しながら言ったら

「お姉さんにお化粧教えて欲しかった…」って12歳の女の子は息も絶え絶えに応える。

「私もこんな形で出会ってなかったら一から全部教えてあげたかった…」私は泣いた。

 

その後冷静になり始めて私捕まるんやな、もう終わりやわ、とか考えながらも病院に連れて行って待合室にいたらいろんな人がざわざわし始めて気が気じゃなかった。そら血塗れの二人がおったらざわつくわ。子供が頭から血出してるし。どうせ捕まるとは思いながらも待ってる間に通報されるのが怖くて結局その子連れて逃げた。そしたら何やらその子の家が近くらしく、このまま家に帰るって言う。

 

「一人で帰れる?」

私はその子がインターホンを押して家族に迎えられるところを離れた場所から見てた。お父さんとお母さんと妹たちが出てきて玄関で何やら説明をしている。時折こちらを振り返るので、「あ、あかん。私のこと話してるわ。終わった。捕まる。人生終わった」

と思ってたらそのまま玄関の中に入っていく家族。え?私のこと追いかけてこーへんの?私その子のこと殺そうとしたのに?もしかしてあの子、私のこと庇った?嘘ついて、あの人が送ってくれたとか言った?でもまだわからん、部屋に入ってから通報されてるかも。逃げないと。

 

私は近くに置いてた自転車に乗って足がもつれそうになりながら必死に逃げた。彼も後ろからついてきてたけど振り返る余裕もなくて、もしかしたら私を裏切って今あの子の方に行ってるかもって思ったりもした。でもとにかく人の波をかき分けるので精一杯やった。歌舞伎町の雑多な雰囲気の中でも私の異様さだけが目立っている気がして怖かった。逃げないと。逃げないと。

 

 

 

 

 

 

いや歌舞伎町なんか行ったことないわ。ほんであのシェーディングなんなん。ていうか途中の安っぽいドラマみたいなあるあるなんなん。別の形で会いたかった…ガクッ…みたいなやつ。なんなん。

 

「私な?こうやって上から拳をな?」ってサムギョプサルを食べながら再現した夢の翌日。

「待って、怖いから。今目の前まで拳きてたから」

「ホンマに怖かってんて。だって無抵抗な子供を本気で殴ったんやもん。しかも夢やのにちゃんと殴れてん。怖すぎるやろ?ほんであのシェーディングやで?」

「シェーディングは見てへんからわからんけど」

「でもほんまに可愛い子やった。真っ黒な艶のある髪の毛をポニーテールにしてて、健康的な肌の色してて、前髪は眉毛あたりで切り揃えられてて、目がキラキラしてて。でもあの子のあの表情見たら殺すしかないって思ってん。だってあまりにも純粋やった。なんも知らんねんあの子。なんも知らんとただ恋してんねん。そんなんかわいそすぎるやん」

 

可哀想やから殺さなって思う私怖い。

本気で怖い夢やった。次の日一日中この話してた。ちなみにその女の子の顔は未だに覚えてるから来世くらいに会えるかなぁ。その時はちゃんとメイク教えてあげるね。それまでおやすみ。